彼は童謡が好きだった。
中でも 「里の秋」という歌が好きで、むかしから時々口ずさんでいた。
新婚間もない頃のこと。その日も一人で 「里の秋」を歌っていた。
しずかな しずかな 里の秋
おせどに木の実の 落ちる夜は
そこまではよかった。
ああ、母さんと ただ二人
と歌いだした途端に、そばで聞いていた妻がすごい剣幕で
「そんなにお母さんが好きだったら、一緒に居ればいいじゃない!」
と怒った。
彼は、一瞬 妻が何を怒っているのか判らなかったが、すぐに気づいた。
「これは、ただの歌じゃないか!それにこの歌は、戦争に行っている父親の
無事を祈りながら、故郷で母と子 二人きりで栗を煮ているーーという内容な
のにーー」と、憤慨した。
「 女って、何て理不尽なんだ!」 とも思った。
しかし、それから彼は 「里の秋」を歌うときは 妻に隠れて、あるいは妻に聞こえ
ない様に歌うようになった。