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仰げば尊し

  今年も卒業のシーズンが近づいて来ました。

 私が小学生の頃は、卒業式に歌う曲は、在校生が「蛍の光」、卒業生が「仰げば尊し」と

 毎年決まっていました。在校生の我々が「蛍の光」を歌った後、卒業生が「仰げば尊し」を歌う

 のですが、「仰げば尊し」を歌っている卒業生たちが、私には随分と大人びて見えたものでし

 た。ですから、「仰げば尊し」という歌は、私には一種の憧れを感じる歌であったと言えます。

  「自分も卒業したらーー」あるいは「自分も大人になったら歌うんだ!」と子供心に思って

  いたのかもしれません。

   現在では卒業式も様変わりして、「仰げば尊し」なんて歌っている学校は殆どないでしょう。

   一時、その歌詞の内容が問題となって、排斥されていた時期もある様ですが、最近少し

  復活しつつあるーーと聞いています。

    「仰げば尊し」という歌は、素晴らしい歌だと思います。私は決して右翼なんかでは

  ありませんが、その詞もメロディも素晴らしいと思います。

    この曲の中の「わが師」というのは、単に「先生」という意味ではないと考えています。

   自分に人生という物を教えてくれた人物は、すべて師であり、それは自分で選んでいく

  べきものーーと思います。

    単に物事を教えただけでは、人の師とはいえないでしょう。生徒にも自分の本当の師を

   選ぶ権利があります。

    自分にとって本当に有用であると思える事を教えてもらった人物が、師であると言える

   でしょう。教えてもらうというよりも、師から自分で学び取るという方が正しい表現かも

   しれません。

    そういう意味では、私は特定の師といえる人には出会っていません。

   ある講習会の講師が、「自分の人生を変えた人がいないという事は、不幸だ!」

    と言っていましたが、私は特定の人を師とするよりも、より多くの人から人生というもの

   を学びたいと思っています。それは、例えばその辺にいる全く目立たない人物でも

   よいのです。肩書きや資格があるからとか、才能があるからとか、弁舌がたつからとか、

   そういうものではありません。

    後から考えて、自分にとって本当に役立つ事を学ぶことが出来た人物こそが

   私にとっての師なのです。

    


    

   
by tramasato | 2008-02-22 23:25


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