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朝青竜の優勝

  大相撲初場所は、横綱 朝青竜が優勝しました。

 国技館は満員が続いて、力士のしごきによる死や大麻事件も忘れられたかの様に観衆が詰                                                             めかけていたようです。

  朝青竜のガッツポーズが話題になっていますが、彼は「勝つ事が全てだ!」と考えている様

 です。「相撲は勝つことが第一。勝てばどうにでもなる!」というのが、ガッツポーズの意味な

 のでしょうか?

   彼を見ていると、本当に子供のようですね。相撲熱心、相撲の強い子供にしか見えない。

 相撲道のかけらも感じられない。

   剣道、柔道、相撲道など、道と名の付く競技は 「礼に始まり、礼に終わる。」 のでは

  なかったのでしょうか?

   ガッツポーズは支度部屋や、自分の部屋に帰ってからするべきではないのでしょうか?

   横綱というのは、もちろん負けてはならないのでしょうが、それ以前に力士の代表でも

  ある筈です。

    今の朝青竜には、勝ち負けはともかく、精神的な面でのリーダーの資格は全くないと

   思います。

    柔道もそうですが、オリンピック競技に参加し外国人が多数参加するようになって

   「勝利第一主義」が、大手を振ってまかり通っています。

     道と名の付く競技の、精神的な基本が置き去りにされているのが現状です。

    外国人を排出せよ!--というのではありません。もっと精神的なものを重視してもらい

   たいと思うのです。精神面の充実がなければ、「道」と名前を付ける必要はありません。

   もう一つ、何場所も休んでいて故障を抱えた力士が、出場してすぐに全勝優勝出来るので

  しょうか?全勝優勝がそんなに簡単なものだったら、他の力士は朝青竜のいない間、

  どんな稽古をしていたのでしょうか?

   相撲協会も随分と単純なストーリーを描いたものです。

   「相撲を知らない、素人が見てもわからないだろう!」という予測で作られたストーリー

  なのかな?

    私は「朝青竜優勝!」と聞いて「ああ!またか!」と思いました。

   そう思った人も、少なくないと思います。
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by tramasato | 2009-01-31 16:58

  褒める

  最近、人を褒める事の難しさを痛感しています。

 二年ほど前には、講習会で 「人を褒める事の重要性」について勉強していたはずが、

 まだ、上手にほめる事ができていません。

  仕事の出来ないスタッフというのは、大抵、私の話している事が頭に入っていない人が多く

 「はい!」 と返事があっても、実際にはうわの空で、私の指示がそのスタッフの頭の中に

 入って行くのを何かが邪魔しているらしいのです。

  その邪魔しているものは何か?ーー何か他の事を考えているのかーー一番考えられること

 は、その一つ前の指示で頭が一杯になって他の事が考えられなくなっているのではないか?

  一つの事しか考えられない構造になっているのか?

  でも実生活の場面で、一つのことしか考えなくとも良いことなんて殆どないでしょう。

  家事をやっていたって、考えるなければならない事はたくさんある筈。

   一日の家事の手順が一瞬にして頭の中に出て来なければ、朝から行動する事も出来ま

  せん。

   家事に比べたら、歯科治療に必要な手順、器具なんて いつも決まっているのだから

  単純そのものなんですがーー?

   例えば褒める事によって、それが改善できるのか?物事を俯瞰的に、あるいは立体的に

   見ることが出来る様になるのだろうか?

    あるいは褒められれば、ヤル気は出て来るでしょうし、ヤル気が出て来れば

   仕事全体の見通しも出来るようになるのかーー

   そういう結果に繋がるのだったら、どんどん褒めないといけませんね!

    私も、否定的な事を言われた人間には、今でも良い感情は持っていませんし、

   相手の良い所を見つけるようにして、褒めてあげるべきですね。

    文章が、いま一つまとまりませんが、このぐらいにしておきましょう。
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by tramasato | 2009-01-24 21:19

健康

   今日も、母の入院先の病院に行ってきました。

 だいぶ状態もよくなって来た様で、会話もし易くなってきました。

 通常の会話は難なくこなせるようです。ただし、細かい所の記憶がまだ曖昧で、そういう所で

 は会話が途切れがちです。

  1週間ほどまえには、記憶の戻りが充分ではなく、会話もあまり通じているとは思えなかった

 ので、まるで以前の母とは別の人格の人と話している様でした。

  いままで家族の一員だった人が、まるで別の人格の人間に変わってしまうという事は

  とてもショックなことです。

   家族の中でも、私と父と母の妹と私の妻ぐらいしか判別出来ず、私の次女の事もよく

  判らないようでした。このまま母の記憶が戻らなければ、どうなってしまうのか?--と

  暗然とした気持ちになってしまいました。

   今までは気付かなかったのですが、普段から私は母との会話というものを重要視して

  いた様です。それが突然出来なくなった事にショックを受けたんでしょう。

   幸い脳出血の場合、時間は掛かっても記憶は少しずつ戻るそうです。事実、最近良く

  なってきているので、私の不安もようやく解消されそうです。

   今回の母の入院で、普段何気なく行われている私たちの生活も、いつ変わってしまうかは

   判らないーーという事を改めて知りました。

   何事もなく生活出来る有難さに、感謝しなければならないのかもしれません。

     そして、自分や家族が健康である事にも感謝しなければならないのでしょう。

   

    
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by tramasato | 2009-01-17 22:50

  肩こり

   私はつい最近まで、肩こりになった経験がありませんでした。

 友人たちには 肩のこる人が多く、肩こりについては、いろいろと聞かされてきたのですが、

 「自分には関係のない事だ!」と思っていました。

   ところが、最近妙に肩が痛み出し、首を曲げても痛むこともありました。首を下に向ける

  度に痛みが増すようなので、なるべく仕事中も顔を真っ直ぐに向ける様にしました。

  でも歯の形成などの治療を始めると、どうしても首を曲げたままなので肩が痛み出して

  しまうのです。

   ベッドに寝ている時の枕も良くないのか? と思いなるべく低いまくらをして、あるいは枕を

  しないで寝たりもしてみました。

   それでも、あまり結果が思わしくはありません。

   ところが、12月30日から1月4日までの間、いつものトレーニングを休んだのです。

  すると、全く肩の痛みを感じない様になりました。

   普段のトレーニングの疲労が肩に残っていたのですね!

  年齢的なものと、最近はかなり高重量のウエイトを挙げるようになったので、その影響で

  しょうか?

   重量が上がれば上がる程、筋肉にかかる負荷も大きくなるし、

  その結果、筋肉疲労が抜けにくくなるーーというのは定説ですから、当たり前の事だった

  んですね。もちろん年齢的な衰えもあるのでしょうがーー。

   これからは、疲労回復を考えたトレーニング方法というものも考えていかなくてはーー。

   でも60歳までに必ず、ベンチプレスで100㎏上げてみせます。

   それからは、少しずつ重量を下げていこうかーーとは思っていますが。
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by tramasato | 2009-01-10 21:07

 母の入院

  12月23日の夜8時すぎ、母が入浴しようと準備していた時に、突然 「頭が痛い!」

 と訴えました。かなり顔色が悪かったので寝かせようとしましたが、うまく体が動かせず

 ぐずぐずしている内に意識を失って倒れ、いびきをかき始めたので 「これは、脳出血だ!」と

 判断し救急車を呼びました。

  搬送された病院で、診断の結果 「硬膜下出血」という事で緊急手術をしました。

 幸い、病院までの搬送が早かったので、一命はとりとめました。

  主治医の話では、「手足に麻痺は見られないが出血による脳の攣縮が起こる為、2週間は

  安静が必要で、記憶が戻るのに時間がかかる。」という事でした。

   2日後にようやく話せる様になり、30分ほど話してみました。

  私のことはわかるようですが、いま自分が何故ベッドにいるのかもわからない様です。

  私と話しながら、母は時々いびきをかいて居眠りをしたりしています。

   そして、よくは聞き取れないのですが、何かの歌を歌っているようでした。

   心が解放された様に無心に歌う母を見て、私はふと涙していました。

   不自由な体で、父の介護を続けてきた疲労やストレスが原因かもしれません。

  あるいは、今まで人生を歩んできた疲れなのかもしれません。

   いま、母はそういう悩みから一切解放されたかのように、歌っています。

   そして私は、人生の終わりに近づいた時に、自分はどの様な歌を歌うのだろうか?

    ーーと考えていました。

    






 
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by tramasato | 2009-01-04 21:26