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相続

          父の死後、相続の手続きに手間取っている。

        相続に必要な書類が非常に多い。

     亡くなった人と相続者の戸籍謄本、相続確認表、相続者それぞれの印鑑証明

     相続者全員の実印押印済みの手続き依頼書、預金通帳などである。

   先日、父と相続者の謄本と印鑑証明、実印を押印した書類、相続資格のある

     人間が死亡している場合の除籍謄本など、全てを一か月掛かってようやく集め

     「これで全て書類は整った!」と考えて銀行に父の預金していた銀行に行った。

      係りの女性行員は一通り書類を見た後、こう言った。

     「正様(父の名前) がお生まれになってから、昭和22年までの戸籍謄本が

     ありませんので、その間の謄本をご用意ください。支所に行って聞いて

     頂ければ判ると思います。」仕方なく市役所の支所に行って調べてもらった。

      そこで判ったのは、父が新潟生まれであること、旭川に移って昭和22年に

     戸籍を旭川に移したという事だった。

      そういえば父は生前、新潟の事をよく話していたし、夫婦で新潟に旅行に

     行った事もあった。

      私は、そのことをはっきり覚えていなかった。

      確かに相続手続きの書類には、「故人の生まれてから、亡くなるまでの

     連続した戸籍が必要」と書かれてあった。そういう意味だったのである。

      早速、新潟の父が生まれた町の役場に連絡して、昭和22年までの謄本を

     送ってもらった。

      書類の数は25枚にもなった。父に関する戸籍謄本や除籍謄本だけで10枚

       以上ある。

       父は用心の為、4か所の金融機関に分けて預金していたので、合計100

     枚もの書類を用意しなければならなかった。金額にして一か所1万円近くに

      なるかもしれない。

      何故、「生まれてから死ぬまでの連続した戸籍が必要。」かというと

       何処で故人の子供が生まれているか判らないからだーーという。

      個人の子供には全て相続の権利があるからである。

       それにしても相続というのは、大変な作業だ。

      といって、他人に任せておくわけにもいかない。

       これで相続額が10万円ぐらいだったら、とてもやる気がしないだろう。

        

       

      
     

       

     

     
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by tramasato | 2011-02-24 14:25

       友情

          それは大学2年ぐらいの事だったと思う。

      私は東京に住む親友の所に遊びに行く為に、盛岡から列車に乗った。

     まだ新幹線の無い時代で、東京ー盛岡間は当時6時間ぐらいの列車の旅だった。

      席についてしばらくの間は、これからの予定などのついて考えを

      巡らしていた。

       ふと隣の席を見ると、若い女の人が座っていた。

      色白のなかなかの美人で、可愛らしい人だった。私よりは年上らしい。

     「いい女だな!」とは思ったが、すぐには声は掛けられない。

      その頃は今よりは内気だったので、女の人に話かけるにも時間がかかった。

      しかし隣どうしに座って、6時間何も話さないというのも不自然である。

     そう考えた私は、彼女の優しげな笑顔に魅かれて声を掛けた。

      確か 「東京までですか?」と言ったと思う。

      彼女は「ええ、そうです。」と答えた。

      当たり前である。東京行の列車に乗っているのだからーー。

      でも最初の一言は、何気ない言葉がいい。--と本にも書いてあった。

       それと私の経験から言うと、隣に妙齢の女性がいたら少しでも声を

        かけてやるのがエチケットだと思う。

      これから結婚しようか、恋愛しようかーーと考えている女性が、隣に座った

       男性から何も声を掛けられないとしたら、当の女性は自分に魅力が無い

      のかと、嘆くのではないだろうか?

       あるいは、そこから色々な人と人との繋がりが出来るかもしれない。

        それぐらい前向きに考えても良いだろう。

       一般論はこれぐらいにして、それから彼女と私はずっと話続けた。

       予想どうり、彼女は私より5歳ほど年上で27歳。青森県の五所川原に

        住んでいるとの事。私と同様 東京にすむ友人と会う予定だとの事。

       私の方は、大学の歯学部の学生であり、休みを利用して上京している事

        など話した。

        何故か彼女とは、とても話が弾んだ。初対面なのに、まるで昔からの

       友達であるかのように話していた。

        途中お互いに居眠りをしたりする時間はあったが、上野につくまでの間

         間断なく話していた。向いの席にも男女が座っていたが、その二人が

       「何だ、こいつら?」と呆れているほどだった。

         上野が近づくにつれ、私は「じゃあ、これからお茶か食事でもーー?」

       と彼女を誘おうかとも思いだしたし、彼女もその気だったのである。

         列車が上野に着いた。私たちは降りようと支度し始めていた。

       とその時、「よう!長谷川!」といきなり元気のいい掛け声が響き渡った。

        東京の友人がわざわざ列車の中まで、迎えに来てくれたのである。

       私は思わず、我に返った。そう、私は友人と上野駅で待ち合わせしていた

       のだった。

        その途端、隣の彼女が音を立てて立ち上がり出て行った。

         鬼のような形相をしていた。

        無理もない。せっかくのムードがぶち壊しである。

        私はまるで夢から覚めたような気持ちだった。

         友人は、何が何だか判らないーーといった顔をしていた。      

      
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by tramasato | 2011-02-11 13:41

       バーコード

          M-1という育毛剤を使用してから1年半になる。

      薬剤というより成分は主に酵素なのだという。

      インターネットで一番人気だというので、使ってみた。

       洗髪は、まず炭酸水素ナトリウム(重曹)を水で薄め髪に付ける。

      次にシャンプーで洗髪し、クエン酸を髪に少量かけてから水洗する。

      髪を乾かしてからM-1を禿げている部分に噴霧してマッサージする。

      その後整髪する。結構な手間である。クエン酸はリンス代わりなのだが、

      水溶液にして保存していると、カビが生えやすい。それで今は普通のリンス

      を使用している。

        M-1のパンフレットには1年ぐらいすると、産毛の様な髪が生えて来て

      いる写真が載っていた。

        しかし、私は1年ではほとんど変化が無かった。後頭部を鏡で見ると

      つむじを中心に、赤く光る荒野の様な禿の部分がみえる。

      「ああ、これは他人に見せてはいけない!」と情けなく思えた。

      「俺には、M-1も効果が無いのか?」と諦めかけた。

        そのうちにある日、鏡を見ると髪のない部分に細い毛が数本見えた。

       私はそれを見て 「ああ!これはバーコードだ!」と思った。

       「バーコード禿げ」とは頭のてっぺんに毛が無く、頭の横にある毛を

       てっぺんに持って来て、頭頂部の禿を誤魔化している人を馬鹿にした

       言葉なのである。

        細い毛がすだれの様に頭を覆い、その様子がまるでどんな商品にも

       付けられているバーコードに似ているので、そう呼ばれる様になったら

       しい。

        「ああ、俺もバーコードなってしまったか!」とがっくりした。

       「とうとう来るものがきた!」という感じで、目の前が暗くなった。

       バーコードになれば、世の中おしまいだ!--とも思った。

        ところが、ある日散髪に行って仕上がりを見せてもらう為に、後ろから

       鏡をあてられた。禿になってからというもの、頭の後ろから鏡を当てられる

       のは苦手である。まるで厳しい現実を目の前に突きつけられる様に思える。

        その日、鏡を見ると心なしか禿が小さくなった様に見えた。

       「気のせいか?」と思った。ところが次の月も、その次も禿が少しずつ

       目立たなくなってきた。

        今まで赤い荒野のように見えた部分が、周りに毛が生えてまるでオアシス

       の様に見えている。

        「ああ、そうか!バーコードに見えたのは、周りから毛が少しずつ生えて

       来たからなんだ!」と判った。

          妻に聞くと「最近目立たなくなったね。」と言われた。

        他人がみてそう言うのだから、私自身の勘違いではないらしい。

       他人が1年掛かるところを、私は1年半かかったのだ。

        いかにも不器用な私らしい。

         何事も諦めずに続けることーーーという事なのか。


     

     
       

      

    
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by tramasato | 2011-02-05 20:59