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薬は体に良くない。

       いつもメインテナンスで来院される患者さんのレントゲン写真を診ていて

     ふと気付いた事があった。骨が異常に吸収して(減っている)のである。

      半年ほど前には充分あった歯の周りの骨がなくなっている。

     歯肉の腫れも各所に診られる。とりあえずブラッシングなどを徹底させ、歯肉の

      状態を改善してから吸収した部分のオペを行った。

     すると術後の出血がなかなか止まらない。結果的に三日ぐらい出血していた。

      不審に思って患者さんに聞いてみると、軽度の脳梗塞の治療のため、血がかた

     まり難くなる薬を服用しているとの事。

      いつも来院している患者さんなら健康だろうーーと思ってしまっている当方の

     単純なミスである。

      抗血栓剤(血が止まりにくくなる薬)を2種類服用しているという。

     だからなかなか血が止まらない。

      最近までその患者さんは殆ど薬を飲んでいなかった。

     今は抗血栓剤2種の他に、血圧など3種、合計で5種類の薬を服用している。

      そんなに多量の薬が必要なのだろうか?

     薬は根本的に症状を解決するものではない。何が脳梗塞の原因なのかを

      探って、その原因を取り除かなければ治るわけがない。

     安易に薬を出しすぎているのではないか?

      薬にはかならず副作用があり、抗血栓剤の場合は血は流れ易くなるが、止まり

     にくくなる事は副作用である。

      骨は出血して血がかたまり、それが新しい肉芽に変わって、その後骨へと

     変化して行く。血が固らなければ、骨は出来ないだろう。

      この患者さんの骨吸収は、抗血栓剤の影響があると思われる。

     脳梗塞も生活習慣病である。その生活習慣病の治療の為に使った薬が

      患者の体の状態を逆に悪くしているとすれば、脅威である。

       薬は単に、生活習慣病を悪化させる新たな要因にしかなっていない。

     この事を、薬を処方している医師はどの様に考えているのだろうか?

     
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by tramasato | 2011-04-24 11:41

      故郷

         自分にとっての故郷とは、何処だろうか?

        最近、よくそういう想いに駆られる。

     今、歯科医院を開業している永山は少なくとも故郷と言えない様な気がする。

      私は永山で生まれたわけではない。生まれたのは、いまや芝桜で有名な滝上町で

     生まれてすぐに、遠別町という町に移った。父の仕事の関係である。

      だから滝上町に関する思い出といえば、少し大きくなってから母の実家に遊びに

     行った時の事ぐらいしか覚えていない。

      遠別町には、生まれてから小学校4年の2学期まで住んでいた。

     小学校時代の友達には、以前ブログにも書いた同窓会で数多く再会することが

      出来た。自分がすっかり忘れていた人たちからも声をかけられた。

     8年間も同じ町に住んでいたのだから、思い出も多い。

それに比較すると永山には一番長く住んでいるものの、思い出というものが

     少ない。地元の小学校には2年間しか通わなかった。中学校は進学の関係で

      市内の国立大の付属中学校に、片道1時間もかけて通った。だから小学校時代の

     友達はいまは一人しかいない。逆に中学校時代の友人とは、月に一回ぐらいは

      集まって、酒を飲んでいる。

     高校は旭川市内の学校であったし、その後大学受験のため札幌で3年間浪人生活

      を送った。

     考えてみれば、永山で友人と過ごした期間は2年ぐらいしか無かったのだ。

      思い出が少ないのも当たり前である。

     永山は、今は仕事の為に住んでいる様なものかもしれない。

      父は生前、生まれ故郷の新潟の事を懐かしそうに話していたし、母もまた

     故郷の滝上の事を今でも時々思い出して話している。

      やはり故郷というのは懐かしい友人がいて、懐かしい近所の人がいて

     自分が育った自然があって初めて故郷といえるのだろうか?


      

      
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by tramasato | 2011-04-22 23:21

入れ歯の難しさ

         入れ歯を作るのは難しい。

     特に総入れ歯は型を採るときも、咬みあわせを決めるときも苦労する事が多い。

      一つには、患者さんの顎は必ず歳と共に骨が吸収して小さくなる事が挙げら

     れる。全く歯が無い総入れ歯は、骨吸収は避けられない。

      例えば、ある患者さんが5年前に初めて当院で総入れ歯を作ったとする。

     最初はピタッと入って、入れ歯は動かないし漬物でも肉でも、何でも食べられる。

      患者さんは「これは、いい入れ歯を入れてもらった!」と喜ぶ。

     具合が良くて、そのまましばらく使っているうちに、あっという間に5年ぐらい

      経ってしまう。

     そのうちにだんだん入れ歯がゆるくなって、ある日「先生、入れ歯が合わなくな

      った!」と言って来院するのだ。

     もちろん人によるけれど、2~3年経てばかなり骨吸収してゆるゆるになる。

      特に下顎は骨吸収が早い。合わなくなるとそれだけ痛みも出やすい。

     そこで新しい入れ歯を作りなおすのだが、顎自体が小さくなっているので

      作り直しても動きやすい入れ歯になってしまう。

     ところが患者さんは、自分自身の顎が5年前と変わっているなんて思いもしな

      い。新しい入れ歯を入れると、どうもしっくり来ない。

     「この前入れた時は、こんなんじゃなかった!」と思ってしまう。

      もちろん新しい入れ歯に馴染むのは時間がかかるものなのだが、根本的に

     骨が小さくなっているのだから、5年前に入れた入れ歯の様に動きにくい物には

      ならない。そこが患者さんには理解してもらえない。

     自分はいつまでも変わっていないーーと思っている。

      口の中というのは、常に変化している。

     いや、何事も常に変化しているのである。

      新しい入れ歯が合わないと「この歯医者、腕が悪くなったんじゃないか?」

     とか、「手を抜いているんじゃないか?」とか思われてしまうのだ。

      入れ歯は作りなおす度に、口の中の条件はわるくなるばかりで

     より困難な仕事となる。

        だから、入れ歯あh難しいのである。

       
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by tramasato | 2011-04-11 15:22

キャプテン

           彼は、弱小野球チームのキャプテンだった。

      それまであまり経験が無く、大学に入ってから野球を始めた様なものだった。

     1年生の時には彼の学部にチームがなく、他の学部のチームに入れてもらって

      練習していた。学部が違うとお互いの話題も違うので、チームメートと話が

     かみ合わないこともある。また経験も無く、勘も良い方ではないのですぐには

     上達しない。チームの正式メンバーではないから試合にも出られない。

     それでも彼は腐らずに練習に参加していた。唯一、足が少し不自由である為に

     試合に出られないメンバーが彼の仲間と言えたかもしれない。

      「いつか試合に出たい!」と彼はいつも思っていた。

     2年になって彼のチームも人が増え、3年になってようやく試合に出られそう

     な目途が立ってきた。

      新しいチームのキャプテンに、彼は選ばれた。「キャプテンなんて自分の

     柄じゃない!」と彼は思ったが、2年間一人で頑張ってきた苦労を皆に

     認められて決められたことだったので承諾した。

      ある時もう夕暮れも迫り、最後にバントの練習をすることになった。

     彼の順番になって、バットを握って構えた。

      ゆるいボールを手で放ってくるのにバットを合わせるのだが、球に当たら

     ない。10球、20球、と続けても全く当たらない。

       何分か続けているうちに、他のメンバーは練習を終わって彼の周りに

     集まって来て「何やってんだ?」と、不思議そうに見ている。

       球が見えていないわけではないのだが、何故か当たらない。

      周りに集まったメンバーが心配して「おい、A だいじょうぶか?」と

     声をかけても彼はニコッとして「いや、大丈夫だよ!」と言って続ける。

       何十球か続けるうちにようやく当たり、皆が「ウワ―、やった!」

     と歓声をあげて、練習は終わった。辺りはもう暗くなっていた。

       彼はふざけていた訳ではない。それほど野球が下手なのである。

      新チームは、それから合宿、練習試合を重ね、とうとう全国大会に

     初出場することになり、彼の積年の念願がかなった。うれしくてしょうがない。

      1回戦は優勝候補のチームと対戦する事になった。

      新チームのエースは荒れ球だった。球は速いがコントロールが悪い。

     よくフォアボールを続けて出しては、自滅していた。

      ところがこの日は様子が違った。五回までコントロールもまずまず、

      優勝候補を相手にして、初出場のチームが2対2のスコアで接戦を演じて

     いた。どうやらエースは、マウンドから第1球を投じる前に神にお祈りした

     らしい。大事な試合を前にして、いい加減なエースもさすがに神妙な気持ちに

     なり、「どうかみっともない試合にならない様にしてください!」と神頼みした

      のだろう。その祈りが通じたような試合だった。

      奇跡が起きたのは5回の裏だった。敵チームはノーアウト1.2塁で絶好の

      チャンス。味方は大ピンチ。次打者は3球目を強振したが内野フライになった。

     イージーフライで味方ナインは「打ち取った!」と思った。敵チームも1,2塁

      の走者は各塁に戻りかけた。だがフラフラと上がった打球はキャプテンの彼の

     頭上に飛んで行った。それを見た味方ナインは皆「A、なんとか取ってくれ!」

      祈った。それほど彼の守備には不安があったのだ。

       彼はのそのそと落下点に入り、グラブを構えた。打球は一端彼のグラブに

      入ったが、弾んで地面に落ちてしまった。彼は慌てた。

       だが次の瞬間、味方ナインの一人が叫んだ。「A、サード!」

      彼はすぐに落ちた球を捕って、サードに投げた。球は3,2,1塁と投げられ

     て、トリプルプレーになった。ダブルプレーも出来ないチームが滅多に無い

     トリプルプレーをやってのけたのである。味方ナインは大喜び。敵チームは

      「一体何が起こったのか?」と呆然として声も無い。

        彼はわざとやった訳ではない。ミスをしただけなのだ。もちろんその後の

      処理が良かったのだがーー。

       試合は結局、地力に勝る相手チームが6対2で勝った。

        味方は一様に少し悔しがったが、晴れ晴れともしていた。何せ初出場の

       チームが優勝候補を苦しめたのだから、出来すぎと言うべきだろう。

        彼も悔しかったが、試合に出場するという目的は達せられた。

       「それに弱いチームとはいえ、俺はキャプテンなんだから!」という

        自負も出来ていた。

         そのささやかな栄光が、彼の満足感を支えていたのだった。

       



      

       




    
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by tramasato | 2011-04-08 14:52

       天災

        今回の震災で、多くの人が家族や知人を亡くされた。

        私もお世話になった、二人の方をなくした。

      この大震災では、自然の厳しさ、冷徹さを強く感じる。

      大自然の前では人間社会の平常の営みなど何の意味も無く、空しいものと

       思い知らされる。

       どんな地震や津波が来ても絶対に安全だと、たかをくくっていた原子炉は

      いとも簡単に壊されてしまった。

       人間のおごりの愚かさだろう。東京に電力を送るのなら、東京湾に

      原子力発電所を作ればいいのである。

       福島の住民は、被らなくてもいい被害の犠牲者になっている。

      自然に対する認識を、常に持たなければならないという警鐘なのだろうか?

       ただ被災地の人たちは復興に向けて前進し始めている。

       国内だけでなく世界中からの支援が届いて来ている。

        テレビで出演者が「諸行無常というけれど、天災もいつまでも続くわけ

      ではないから、今は多くの被害があっても復興に向けて努力をすれば、

       被災地も変わって行ける。」と言っていたが、そのとおりだろう。

        前向きに考えて行きたいものである。


       
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by tramasato | 2011-04-04 15:14