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季節感

  ことしは雪解けが遅かったので、最近ようやく葺きのとうが見られ

 る様になった。もうすっかり大きくなって、食べるには時期が過ぎて

  いるのであろうがーー。

 土の上にたくさん出て来ている葺きのとうを見ると、むかし父がよく

  庭に生えて来た物を採って、味噌汁に入れて好んで食べていたの

 を思いだす。私も食べてはみたが、ただ苦くて、「こんなもの、ど

  こが、うまいのか?」と思ったものだった。

 葺きのとうは、雪解け直後にしか食べられないので、そういう季節感

  を、父は大事にしていたのかもしれない。

 子供の頃は、秋にはどの家庭でも軒先に大根を干し、沢庵漬けを作

  り正月前には、菓子屋で餅をたくさん搗いてもらい、片栗粉をふ

 って保存しておく。

  みかんは箱で買って、しまっておく。---というのが当たり前の

 風習だった。みかんは箱の下の方にあるものは、潰れてカビが生え

  たりする。餅も長い間置いておけば、カビが生えるので、カビの部

 分を取って、油で揚げて食べたりした。--その油で揚げた餅を食

  べるのが、楽しみでもあった。

 そんな風習があったのも、餅やミカンは1年のうちのその時期しか

  食べられなかったからだ。その時期にしか食べられないから、

 たくさん買ってしまっておく。駄目になったら、なんとか工夫をして

  食べられるようにしていたのだろう。

 いまは、沢庵でもミカンでも餅でも、1年中食べられる。ミカンはハ

  ウス栽培で、餅や沢庵は保存料で、1年中たべられる様になった。

 いつでも好きな時に、食べられる様になったが、それだけ食べ物の

  有難さが薄れ、季節感が失われて来ている。

 これが良い事なのか、悪い事なのかは判断するのは難しい。

  ただ昔を懐かしんでいるだけなのだろうか?
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by tramasato | 2012-04-26 13:52

「羆撃ち」を読んで

  「羆撃ち」という小説、というよりノンフィクションを読んだ。

 作者の久保俊治さんは、幼いころから日曜ハンターだった父に連れ

  られて、ウサギ、カモ、ライチョウなどの猟に行き、大学入学後

 は、日本で唯一の熊撃ちのプロハンターとして生きて来た人だ。

  20代の頃は、山中や原野で鹿や熊の猟をして、その皮、内臓、

 肉などを売って、生計を立てている。

  私も昔から「動物文学」と言われる分野が好きで、シートン、

 戸川幸雄などが書いた著作を何冊か読んだ。

  この二人は野生動物が主人公で、動物同志の世界や動物から

 見た人間ーーというテーマを主に書いている。

  久保さんは、動物を捉える、あるいは動物を倒す側から

 小説を書いている。

  そういう意味では、へミングウエイの「老人と海」と似た様な

 構想になっている。

  もちろん久保さんはこれが処女作なので、大家の作品と比べる

 べくもないのだが、二人の著作を読んでいると、獲物に対する

  畏敬、あるいは自然に対する畏敬とを共通に感じる。

 獲物を捉えるとき、山中に入りまずベースキャンプを設営する。

  そこを拠点として山中を歩きまわり、ベースキャンプから遠く

 離れた場合は、適当な場所でビバークする。

  鹿や熊などを狩猟する為には、彼らと同じ様に餌を探し、

 疲れたら休んで、同じ様に行動する事で彼らと同じ様な感覚を

  身に付ける。彼らと同様に感覚を研ぎ澄ますことが必要だー

 というのである。

  実際、夜テントの中で眠っている時に何かの気配を感じ、ふ

 と目が覚める。同行の狩猟犬もその気配を感じとっている。

  しばらくじっとしていると、やがて気配が消えて、翌朝テン

 トの周りを確認すると、夜間に熊が来てテントを観察していた

  痕跡があったという。

 それまでは獲物が目に見えないことが気になって、常に不安感

  を抱いていたのだが、鹿や熊と同様に感覚が研ぎ澄まされて

 相手の気配を感じ取るようになり、不安を感じなくなった。

  人間もここまで変われるものなのだろうか?

 昔話や物語の世界だけのものーーと思っていた気配、あるいは

  殺気というものが、現代の社会にもあるんだーーという事を

 改めて感じた。

  久保さんが山林を離れ人間社会に戻って来ると、その騒音の

 多さが厭になるーーという。

  それだけ我々は、人間社会の便利さによって、本来持ってい

 感覚を鈍くしてしまっているのだろう。

  





 
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by tramasato | 2012-04-21 22:35

煙突倒壊

  火曜日の夜10時頃、突然大音響がした。

 何事か?と外を見ると駐車場のフェンスが壊れ、母屋の煙突が二つ

  に折れて、駐車場の中に転がっていた。煙突の周りには煉瓦の

 破片や雪が散乱している。フェンスは中央部分から折れ曲がり、一

  部は完全に切断されてしまった。1トン以上の重みが瞬間的に

 かかったのだから、鉄製のフェンスでも耐えきれない。

  母屋は築40年以上になる木造家屋で、かなり老朽化している。

 この冬の大雪で多くの老朽建造物が倒壊していたので、「うちの

  建物も大丈夫だろうか?」と心配したが、何とか4月になって

 「もう大丈夫!」と一安心していた矢先の出来事だった。

  煙突は煉瓦に鉄筋を入れて造り、建物の外壁に取り付けて

 あったのだが、恐らく何トンもの屋根雪が滑り落ちて来る重さに

  耐えられずに、押し倒されたのであろう。

 いま母屋は誰も住んでいないので、集中暖房用のボイラーも無く

  、煙突自体も使われていない。だから煙突が無くても影響は

 ないのだが、フェンスは修理しなければならない。

  よく考えてみると、倒れたのが深夜で良かったのかも知れない

 。日中駐車場に車があり、しかも付近に人がいたなら、ただの

  怪我では済まない。最悪の場合、死者が出る可能性もある。

 そういう意味では、「不幸中の幸い」と言えるかもしれない。

  倒壊の直後は、「どうやって片付けようか?」と考え込んで

 しまったが、「古い建物を壊した後の処理をする産廃処理業者

  だったら、建築会社に頼めばツテがあるだろう。」と思いつ

 いて、ときどき建物の修理を依頼している建築会社に連絡

  した。

  建築会社もすぐに対応してくれて、早速、産廃業者の巨大な

 クレーン付きトラックで、壊れた煙突は全て持って行った。

  雪の害で壊れたのは煙突ばかりではない。

 古いガレージも雪の重みの為に、屋根が陥没してしまった。

  雪が無くなったら、ガレージもフェンスも修理しなければ

 ならない。

  古い不動産を相続したのはいいけれど、これからは修理

 に追われる事になるのか?

  こういうのは「負の遺産」というべきなのだろうか?

  
 
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by tramasato | 2012-04-12 15:05

春めいて

  ようやく気温も上がり始めて、春らしくなって来た。

 庭の物置きの屋根の雪も、どんどん落ち始めている。

  今ある物置きは、開業前後に建てた物だと思うのだが、築何年か

 は、はっきりと判らない。恐らく25年以上前の建物だろう。

  今年の冬は積雪の為、倒壊する木造建築が後を絶たなかった。

 うちの物置きも木造に外壁をトタンで覆った簡単な構造なので、

  「いつ倒壊しても不思議は無い。」と心配していた。

 数年前までは、毎年自分で物置きや、ガレージの雪下ろしを必ず

  していたのだが、3年ほど前の正月休みに3日連続で雪下ろしを

 して、次の日から目まいを起こして仕事を休んでしまった事があり

  、それ以来雪下ろしをしなくなった。

 どうやら疲労の為の目まいらしいのだが、「雪下ろしの為に仕事を

  休むのも馬鹿らしい。」ーーそう思ってやらない事にしていた。

 ところがこの豪雪である。物置きの屋根の雪も、優に1mを越して

  いる。新聞紙上では「屋根雪が1mを越すと危険信号!」などと

 書かれているので、段々と心配になってきた。

  「久しぶりに雪下ろしをしなけりゃならないか?」と3月までは

 考えていたが、目まいの事を考えると気が進まないので愚図愚図

  していたのである。

 さすがに4月になって屋根雪が落ち始め、杞憂に終わったようだ。

  50代の私が目まいを起こすぐらいだから、60歳以上の年代の

 老人にとっては、雪下ろしは非常に過酷な作業と言える。

  毎年雪下ろしの作業中に、多くの高齢者が亡くなるのも当然なの

 かもしれない。

  旭川は地震も津波も台風も無くいい所なのだが、寒さと雪だけは

 無い方がいい。

 
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by tramasato | 2012-04-08 19:22