煙突倒壊

  火曜日の夜10時頃、突然大音響がした。

 何事か?と外を見ると駐車場のフェンスが壊れ、母屋の煙突が二つ

  に折れて、駐車場の中に転がっていた。煙突の周りには煉瓦の

 破片や雪が散乱している。フェンスは中央部分から折れ曲がり、一

  部は完全に切断されてしまった。1トン以上の重みが瞬間的に

 かかったのだから、鉄製のフェンスでも耐えきれない。

  母屋は築40年以上になる木造家屋で、かなり老朽化している。

 この冬の大雪で多くの老朽建造物が倒壊していたので、「うちの

  建物も大丈夫だろうか?」と心配したが、何とか4月になって

 「もう大丈夫!」と一安心していた矢先の出来事だった。

  煙突は煉瓦に鉄筋を入れて造り、建物の外壁に取り付けて

 あったのだが、恐らく何トンもの屋根雪が滑り落ちて来る重さに

  耐えられずに、押し倒されたのであろう。

 いま母屋は誰も住んでいないので、集中暖房用のボイラーも無く

  、煙突自体も使われていない。だから煙突が無くても影響は

 ないのだが、フェンスは修理しなければならない。

  よく考えてみると、倒れたのが深夜で良かったのかも知れない

 。日中駐車場に車があり、しかも付近に人がいたなら、ただの

  怪我では済まない。最悪の場合、死者が出る可能性もある。

 そういう意味では、「不幸中の幸い」と言えるかもしれない。

  倒壊の直後は、「どうやって片付けようか?」と考え込んで

 しまったが、「古い建物を壊した後の処理をする産廃処理業者

  だったら、建築会社に頼めばツテがあるだろう。」と思いつ

 いて、ときどき建物の修理を依頼している建築会社に連絡

  した。

  建築会社もすぐに対応してくれて、早速、産廃業者の巨大な

 クレーン付きトラックで、壊れた煙突は全て持って行った。

  雪の害で壊れたのは煙突ばかりではない。

 古いガレージも雪の重みの為に、屋根が陥没してしまった。

  雪が無くなったら、ガレージもフェンスも修理しなければ

 ならない。

  古い不動産を相続したのはいいけれど、これからは修理

 に追われる事になるのか?

  こういうのは「負の遺産」というべきなのだろうか?

  
 
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# by tramasato | 2012-04-12 15:05

春めいて

  ようやく気温も上がり始めて、春らしくなって来た。

 庭の物置きの屋根の雪も、どんどん落ち始めている。

  今ある物置きは、開業前後に建てた物だと思うのだが、築何年か

 は、はっきりと判らない。恐らく25年以上前の建物だろう。

  今年の冬は積雪の為、倒壊する木造建築が後を絶たなかった。

 うちの物置きも木造に外壁をトタンで覆った簡単な構造なので、

  「いつ倒壊しても不思議は無い。」と心配していた。

 数年前までは、毎年自分で物置きや、ガレージの雪下ろしを必ず

  していたのだが、3年ほど前の正月休みに3日連続で雪下ろしを

 して、次の日から目まいを起こして仕事を休んでしまった事があり

  、それ以来雪下ろしをしなくなった。

 どうやら疲労の為の目まいらしいのだが、「雪下ろしの為に仕事を

  休むのも馬鹿らしい。」ーーそう思ってやらない事にしていた。

 ところがこの豪雪である。物置きの屋根の雪も、優に1mを越して

  いる。新聞紙上では「屋根雪が1mを越すと危険信号!」などと

 書かれているので、段々と心配になってきた。

  「久しぶりに雪下ろしをしなけりゃならないか?」と3月までは

 考えていたが、目まいの事を考えると気が進まないので愚図愚図

  していたのである。

 さすがに4月になって屋根雪が落ち始め、杞憂に終わったようだ。

  50代の私が目まいを起こすぐらいだから、60歳以上の年代の

 老人にとっては、雪下ろしは非常に過酷な作業と言える。

  毎年雪下ろしの作業中に、多くの高齢者が亡くなるのも当然なの

 かもしれない。

  旭川は地震も津波も台風も無くいい所なのだが、寒さと雪だけは

 無い方がいい。

 
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# by tramasato | 2012-04-08 19:22

陸前高田

 震災にあった陸前高田で、亡くなった先輩の一周忌にあたる葬儀

があり、医局の同期生達と28年ぶりに高田に行った。

 以前のブログにも書いたが、この震災で私は二人の先輩を失った。

医局から派遣されていた出張先の歯科医院の院長と、そこに私と

 交代で出張していた先輩である。

前日に水沢の同期生の自宅に泊めてもらい、次の日に同期生3人と

 同乗して車で高田に向かった。水沢は暖かかったが、高

田に行く為には山脈を越えて行かねばならない。さすがに途中の峠

 や山には、まだ雪が多く残っていて、雪解け水が行く先々の峠道

を濡らしている。

 1時間ほど走ると、峠も終わり平地に出たので高田も近い。

やがて道路に沿う様に川の流れが近づいて来る。

 5~6月ごろになると鮎釣りが解禁され、その川にも釣り糸を

垂れる多くの釣り人達がいるのを、車を運転しながら

 よく見かけたものだった。

 川に沿ってしばらく走ると、突然目の前が開けて来た。

彼方の方に靄がかかっている以外は、全く何もない台地である。

 よく見ると所々に建物が見える。

見る事の出来る建物に共通するのは、四隅の柱と天井や屋上以外は

 何も無い事だ。建物の向こう側がはっきりと見えるのである。

柱と天井だけの異様な形の建物だけが、あちこちに点在している。

 地面には流された建物の土台のコンクリートと、その周りを埋め

る土砂だけが残り、その光景が海岸の方まで延々と続いている。

 海岸から5~6㎞まで津波が押し寄せたらしい。

道路が何処に走っているのか判らない。道路と周りの地面との段差

 が無くなっているので、かなり近づくまで何処が曲がり角なのか

交差点なのか、全く判らないのである。

 高田の街の面影など、まるで残っていなかった。

これから何年たてば、街が元に戻るのだろうか?

 いや、海岸の防波堤が無くなった今、街が再建出来るかさえ

見当もつかない。

  友人がやっと道を探して、会場である高台のお寺に向かった。

幸いにお寺は山の中腹にあった為、被災を免れたのである。

 寺の駐車場に入りきらない車が、あちこちに置かれている。

我々もやっと隙間を見つけて、車をとめた。

 本堂に入ると、もうかなりの人が集まっている。

ようやく端の方に座れて、式が始まった。

 総勢200人にもなろうか?1年後の法要としては異例の多さ

かもしれない。それだけ故人の徳が偲ばれる。

 皆に慕われていた故人の突然の死に、悲しみを堪え切れない人

も多かった。

 弔辞が次々に読み上げられ、故人の所属していた運動部の部歌

もOBたちによって、歌われた。

 最後に、残された五人姉妹の三女が、亡き父へのお別れの挨拶

をした。

 「お父さん、こんなにたくさんの人が集まってくれて

良かったね!」と、涙ながらに語り始める。

 途切れ途切れに語る、彼女の一つ一つの言葉が心に響く。

幼くして両親が離別し、今また最愛の父を失ってしまった。

 最後の「お父さんに私の結婚式を見てもらいたかったよ!」

という彼女の万感の思いを聞いて、溢れる涙を堪える事は

 誰にも出来なかった。

 式の後、亡くなった院長と、先輩の墓にお参りをしてから

我々は高田を後にした。
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# by tramasato | 2012-03-20 23:06

正常と異常

  Aさんは歯医者が大嫌い。以前に入れ歯を作ったのだが、口の中

 に入れていると、痛くて噛めないし、長い間入れた儘だと吐き気が

  して、とても食べるどころではない。入れ歯を入れて3日としない

 うちに使わなくなった。それから10年以上も歯医者には行く気が

  しなかった。

 その間に残っている歯が歯周病でどんどん悪くなり、次々に抜けて

  いった。とうとう噛めなくなって来た時に、たまたま知人が私の医院

 に通っていたので、知人に勧められて来院した。

  口の中を診ると臼歯部(奥歯)はほとんど無く、前歯はあるのだが

 臼歯が無い為に、咬みあわせると前の方に倒れ、いわゆる出っ歯

  の状態だった。いろいろと手を尽くしたが残っている歯は全て抜歯

 し、上下の総義歯(総入れ歯)を作ることになった。

  もちろん、総義歯は出来るだけ使いやすい様に作ろうとしたが、

 Aさんが使える様になるかーーという事に関しては、正直、自信が無

  かった。今まで全く入れ歯を使っていない人が、いきなり総義歯に

 慣れて行くのは難しいからだ。

  Aさんの総義歯は自分ながら満足のいく出来だった。もちろん出た

 歯は治って、ほほ笑むと、とても魅力的な笑顔である。「後は、使っ

  て行けるかどうかだな?」と思ったが、本人は少しずつ慣れて

 いった。

  数か月したある日、Aさんが突然来院した。「先生に相談がある

 んですけどーーー。」というのである。「入れ歯が使えないんです

  か?」と聞くと、「痛みは少しあるんですけど、それよりも上唇の

 所に張りが無い様にみえるんです。」と言う。

  よく聞いてみると、職場の同僚に「以前と顔つきが全く変わって、

 上唇の所に張りが無く、老けて見える!」と言われたのだと言う。

  歯科医の立場から見れば、笑顔も魅力的で、唇の張りも正常で

 これ以上の張りは必要が無い様に思えるのだがーーー。

  なぜ同僚たちにそう言われたのか、と考えてみてふと思いついた。

 Aさんは以前の様に歯は出ていない。従って上唇の張りも「歯が出

  ていた」当時よりは無い。張りが無いので老けて見える。

 というのである。私から見れば、今が正常であり、Aさん自身も美し

  く見えているのだがーー。

 Aさんの同僚たちにとって、歯のでたAさんこそ本物のAさんで

  あり、歯の出ていないAさんは、Aさんではないのである。

 10年以上もAさんの顔に慣れ親しんだ人達の眼に、今のAさんの顔

  は奇異に写るのである。

 歯科では、口腔機能の回復と審美性の回復を大きな目標と

   している。

  だが審美性(美、醜をはっきり見分ける事)の回復は、時として

 患者さんやその周りの眼と、術者の間では大きな隔たりを生む事が

  ある。

 歯が出ているのは正常ではなく、審美性も劣るのだが、患者さんに

  とっては懐かしい自分の顔であり、美しく見える顔も不自然に思

 えるのかもしれない。

  とはいえ、「出っ歯の」の入れ歯をつくるなんて、歯科医の良心

 が許さないので、とりあえず入れ歯の上唇部分に材料を盛り

  修正する事で、Aさんには納得してもらった。

 ほんとに、臨床は難しい。

 

 

  
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# by tramasato | 2012-03-13 11:02

ブログとは

  私のブログを呼んだ同級生に「お前のブログは、言い方が高飛車

 だ!」と言われた。そうかもしれない。必ず断言する様な書き方を

  しているので、「高飛車」な言い方に聞こえるだろう。

 でも、「--じゃないでしょうか?」あるいは「--だと思います

  が?」と書いても個人の意見としては、弱い印象を与える。

 断言するように書いた方が、たとえ反発を買っても判り易い。

  私がこのブログを書き始めてから、5年程に成るだろうか?

 同じようにブログを書き続けている友人と話していて気付いた事が

  、「ブログというのは独り言、あるいは日記的な要素が強いーー

 」という事である。

  だから、その人の意見や主張がはっきりと出ていないと、何を

 言っているのか判らない、焦点の定まらない文章になってしまう。

  そう考えているので、断言する言い方、高飛車な言い方に聞こえ

 るのだろう。

  ブログはネット上で公開されているのだから、それに対する意見

 や、批判はあって当然であり、自分でもその意見や批判を参考に

  できるかもしれない。

 事実、同級生達は私のブログを肴にして、一言一句に文句を付けて

  いるらしい。それはそれで構わない。大いに批判してもらって

 結構。

  でも、もし他人のブログを批判するのであれば、自分自身で

 ブログを作り、書き続けて、そのブログ上で批判するべきだろう。

  自分は何もせず、他人を批判ばかりしているのでは、何の意味も

 無い。

  自分でブログを作り、文章を何度も書き、あるいは推敲しながら

 書き直してみる。

  そういう作業を通じて、自分の文章の拙さが判って来る。

 私はブログを書いてみて、自分の文章が本当に下手だという事が

  判った。下手な文章を直し、直し書くうちに少しずつ誤りは

 少なくなる。だが、自分の意図するところが本当に相手に伝わって

  いるかというと、まだ疑問ばかりだ。

 批判しようとするなら、自分でブログを立ち上げーーこれが理想の

  ブログだーーという物を私に見せて欲しい。

 そこで初めてお互いに議論し、納得の行く部分があれば、相手を

  見習えば良い事ではないか?

 そういう過程が大切であろうし、建設的であるとも言える。

  大切な事は、批判ではなく、実践する事だ。

 実行の伴わない批判は意味がない。

 
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# by tramasato | 2012-03-09 14:53

春の訪れ

  ようやく寒気が緩んで、春の足音が聞こえて来るようになった。

 それにしても今年の冬は長く感じた。例年なら雪が多ければ暖か

  い。寒さが厳しければ、雪が少ないという気候が当たり前なのに、

 今シーズンの冬はー雪が多くてしかも寒さが厳しいーという最悪の

  気候だった。平成18年以来の大雪だそうである。

 最低気温も旭川では-21.8℃を記録し、-20℃以下の最低気温

  を7日記録した。私の住む永山地区は、通常市内よりも3~4℃

 気温が低いので(あまり人が住んでいないので、市内より気温が

  低い)、たぶん今冬の最低気温は-25℃ぐらいだっただろう。

 大雪のお陰で、ことしは雪に埋まった車を、3回も押しながら脱出

  させる羽目になった。しかも医院の前の駐車場の中でーー。

 いまの軽自動車はバンパーからボディサイドにかけて一体となる

  様にデザインされていて、車のサイドボディと地面との間の

 隙間がほとんどない。空力を考えたデザインなんだろうけれど

  軽の小さいタイヤが、少しでも深い溝に入ってしまうと、

 サイドボディの下部が雪につかえて、タイヤが空転し動けなく

  なってしまう。雪が多い今年は、あちこちに深い雪の溝が

 出来て、医院前の駐車場でさえ、スタッフの車は埋まってしまっ

  たのだった。

 仕方なく、裏の患者さん専用の駐車場をしばらく使ってもらう

  事にした。

 その駐車場も、雪が降った時には必ず私が除雪していたのだが、

  まだ4~50㎝の雪が残っていて、スタッフの車が止まると

 車のルーフが駐車場のフェンスから飛び出して見えている。

  毎日の雪かきのおかげで、体重も減り、何回か風邪をひいて

 トレーニングを一週間ほど休んでしまった。

  一週間トレーニングを休むというのは、最近無かったことな

 のだけれどーー。

  来年は暖かく、雪が少ない年であって欲しいと願うだけで

 ある。

 
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# by tramasato | 2012-03-04 20:31

モーターショー その2

  札幌駅で地下鉄に乗り換えて15分程で、東豊線の終着 福住駅

 に到着。いつも土曜日は大通りに向かう上り線が混むものだが、

  今日は下り線も上りと変わらず乗客が多い。モーターショーの

 影響だろう。家族連れが多いのもその表れか?

  福住に着くと、もうドームへと歩いて向かう人々の列が続いて

 いた。列はドームまで途切れる事がなかった。

  私は日ハムの試合をドームで観戦した事がないので、良くは知ら

 いが、野球の時と同じように混んでいるのだろうか?

  駅の表に出ると、札幌の方が旭川より気温が高い筈だが、風が

 強いせいで、あまり暖かくは感じられなかった。

  「北と西の入場ゲートが混んでいる。」ーーと案内係がスピーカ

 ーで、アナウンスしているので、群衆と一緒に南ゲートに向かう。

  それにしても凄い人数だ。中に入ると丁度、外野スタンドの中段

 ぐらいの入口に出た。

  スタンドのシートは黒で、明かりが少ないせいか球場の中は

 あまり明るいとは言えない。映画館の休憩時間の明るさと言えば

  判り易いだろうか?テレビで見るともっと明るく見えたのだがー

 フロアにはたくさんの輸入車が展示されていたので、見に行った。

  BMW,ベンツ、ポルシェ、ジャガーなどが置かれていたが、

 どの会社もミドルクラス以下の車しか展示していない。

  BMで言えば5シリーズ、ベンツだとEクラスなど1000万円

 以下の車種が多いようだった。

  私はベントレーを見たかったのだが、展示されていない。

 フェラーリも無い。いわゆる超高級車と言われる物は一つも無い。

  せっかく1200円もの入場料を取っていながら、それだけの値

 があるとは、とても言えない。

  その代わり、国内メーカーのコンセプトカーは多かった様だが、

 私はコンセプトカーには興味がないので、見なかった。

  わずか10分ほどで会場を後にした。

 どうやら今回は、ただ人集めの為にショーを開いた様である。

  展示車というのは必ず傷を付けられる。多くの人が手で触るから

 だ。まして今回の様に49,000人もの人が集まれば尚更だ。

  各メーカーもそれを承知で展示している。だから超高級車などは、

 展示されないのである。

  今回のショーは、あまり車に詳しくない一般の人の為のショー

 だった様だ。
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# by tramasato | 2012-02-22 13:34

モーターショー

  土曜日、札幌のモ―ターショーを見に行った。4~5年前まで毎年

   輸入外車を中心としたモーターショーが開催されていたのだが、

  ここ数年、中止になっていた。私も何度か、父や弟と一緒に足を

   運んだものだった。

  久しぶりで開催されるという事と、札幌ドームで行われるというの

   で、行ってみる事にした。実は私は、札幌ドームに行った事が

  ない。「ドーム見物がてら、行ってみようか!」という気になった

   のである。バンド仲間の一人も行くという事だった。

  土曜日の診療を11時ぐらいで切り上げて、急ぎ駅へと向かった

   。駅のベンチに座ってふと前の席を見ると、何とさっきまで

  診療していた患者さんが座っているではないか!

   私はその患者さん向かって「○○さん、お出かけですか?私は

  札幌のモーターショーを見に行くところなんですよ!」と声を

   掛けた。すると患者さんは「実は私も、妻と一緒に見に行くんで

  すよ!」と言うのである。「先生、もう診療終わったんですか?」

   と不思議そうに聞かれたので、私は戸惑いながら、「今日

  は、早めに終わったんですよ。」と答えた。

   そんな話をしていて、私は何か悪い予感がした。

  「この患者さんまでが、モーターショーに行くんだったら、会場は

   相当混んでいるんじゃないか?」--と。

  予感は当たって、到着してみると大変な混雑だった。
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# by tramasato | 2012-02-20 22:44

今年の冬は寒い

  今年の冬は寒い。日本の上空に寒気団が居座っているせいだと

 ニュースでは言っていたが、2月の下旬近くになっても、-20

  C付近まで気温が下がっている。

 例年1月の下旬が一番寒いと言われているが、今年は2月になっ

  ても寒さが厳しい。

 -20度以下を記録した日も何日かあった。平均気温が-10℃

  近くになっている。

 しかも雪も多い。北海道では、普通「雪が降ると暖かい!」と

  言われるのだが、ことしは雪が降ってなお寒い日が続く。

 岩見沢では、積雪が2mを超えたそうである。

  2m、3mという雪は北陸など日本海側特有の物だと思って

 いた。要するに北海道は寒いけれど、雪は豪雪地帯に比べれば

  かわいいものだと、思っていたのだがーー。

 寒くて雪が多かったら、良い所が無いではないか?

  岩見沢市内では、歩く人の背丈の倍ぐらいの雪が路肩に積み

 上げられている。

  私も連日、朝5時頃に起きて雪かきをする毎日である。

 今朝も1時間ほど、駐車場の雪かきをした。

  毎日続けていると、さすがに疲れが溜まる。

 以前、ある評論家が「雪国の人は、もっと寒い季節を楽しまなく

  ちゃ!」と言っているのを聞いた。確かにスキー、ボードなど

 をやっている時は楽しいのだろうが、毎日1時間、早朝5時起きで

  雪かきをしたら、「寒い季節は、とても楽しい!」と言えるだろ

 うか?

「朝起きたら、寒さを感じる為にも、窓を開けて深呼吸しま

 しょう!」と書いてある文章もあったが、毎日-20℃では、

  寒くて窓を大きく開ける気もしないだろう。

 第一、窓が凍っていて開かないのだ。やはり暖かい地方の人が

  考えた文章である。

 冬になると毎年、「もっと暖かい所で暮らしたい!」と考えて

  いる。
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# by tramasato | 2012-02-16 13:54

音程

   日本人は音程が悪いという。映画に出てくる外人は大抵歌がう

  まい。バックに音楽が流れていなくても音程が外れない。

   酒場などのシーンでは、よくその場にいるみんなで合唱してい

  る場面に出くわすが、総じて全員がよくハーモニーをとって

   歌っている。

  たとえプロでなくとも、そこそこ上手に歌って、また声量がある

   様に聞こえる。

  それに比べて日本人はどうだろうか?

   酒場で酔っぱらったおじさんが歌っているシーンを見かける事

  もよくあるが、ほとんど音程が外れてとても歌にならない様な

   場面ばかりである。

  先日も、日本では女性としては声量もあり、歌も上手いと思われ

   ているボーカリストが、アメリカでレコーディングしようと

  乗り込んで行ったが、何度挑戦してもOKが出なかったそうで

   ある。理由を聞いてみたら「音程が悪い。」のだという。

  日本ではプロとして通用している人間が、アメリカでは

   「音程が悪い」と判断されるのだから、一般の日本人のレベル

  も当然判りきっている。

   何故日本人は音程が悪いのだろうか?ーーと思ってオーディオ

  カフェを経営する友人に聞いてみた。

   友人曰く、「小さい時から歌う習慣が無いからーー。」

  確かに小学校では音楽の授業があるけれど、中学、高校と進学

   するにつれ、音楽の授業の頻度は激減していく。

  受験競争があるからである。

   一方、アメリカや他の外国では、日曜日に教会へ行って礼拝を

  する習慣が伝統的に続いているので、その際歌われる讃美歌が

   効果を発揮しているのだという。

  大人になっても、週一回は歌う機会があるから、上手なので

   ある。讃美歌は当然コーラスであるから、みんなでハモる

  練習もしている訳だ。だから突然酒場で誰かが歌い出しても

   居合わせた全員が簡単にコーラスしてしまう。

  ハモるという事は、お互い音程がしっかりしていなければ

   出来ない。

  宗教心の殆ど無い日本人は、週一回礼拝もしないし、コーラスも

   しない。

  だから、歌は上手くならない。たとえ宗教心があって、念仏を

   いくら唱えたとしても、歌が上手くはならないだろう。

  そういう歌の基礎を養う習慣が、日本人の生活には欠けている

   のだろう。




   

  
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# by tramasato | 2012-02-10 16:10